※ちょっと紛らわしいタイトルをつけてしまったのですが
ここでいう「息苦しさ」とは、精神的な肩身の狭さや居心地の悪さの比喩であって、
コロナ感染による呼吸困難などの症状のことではありません。

2020年の1年間、
何をしてもいまいちうまくいかなくて
充実感もなく、低迷していました…

頑張ってスキルをつけて、念願だったリモートワークを始められたものの
思うように続けられず、おまけに体調を崩してしまいました。

リモートワーク、3ヶ月で挫折しました~コロナショックの最中に0になり、退職を決めた理由~

その後、別のリモートのお仕事を何度かしてみたものの、あまり変わらない結果になってしまい
広告を打ったりしてみたもののいまいち手ごたえがなく…

世間のオンライン化とは逆に
WEBから遠ざかった

世間ではYouTubeやらZOOMやらを使って、オンラインで盛況しているようですが
私はというと、自分でやれるという可能性すら信じられなくなり
いつの間にか、すっかり雇われの生活とマインドに戻ってしまっていました。

がむしゃらに動いたものの、しけた結果しか得られず
「雇われで働いたほうが失うもの少ないしコスパいいじゃん」と、諦めてしまったのです。

YouTubeもZOOMも
コロナ前よりも使わなくなった理由

それどころか、10年ほど好きでちょくちょく観ていたYouTubeも
逆にこの1年であまり観たくなくなってしまってしまって
お仕事で使っていたZOOMも、SNSでお決まりのたくさんの人が手を振っているスクショ画面を見るたびに嫌悪感を抱くようになり
コロナ禍まで使っていたサービスからは、むしろ遠ざかってしまいました。

【3クリックで超簡単だった】YouTube有料メンバーシップを解約したので、方法をご紹介します

新しくできたYouTubeメンバーシップも一時期よく見ていましたが
解約しちゃいました。

今まで当たり前のように使っていたサービスのはずが
なんか、息苦しさを感じるようになったのですよね。

自宅に引きこもり、は元々でしたが
ネットの世界にすら顔を出したくなくなり、
リアル社会からもネットからも孤立することになってしまいました。

そしてそれは自分だけじゃないようで、ネット上でも時々
「この1年低迷していた、なんか息苦しかった」という言葉を散見します。

どうしてそうなってしまったのか、
紐解いて考えてみましたので、記事にします。

WEBという隠れ家が
「隠れ家」でなくなった

どうして息苦しさを感じるようになってしまったかというのを一言でいうと、
お気に入りの場所に、一気に「みんな」が参入してきたから。

今まで(コロナ禍前まで)は「こっそり愛用するサービス」という、特有のクローズド感のあったネットという居場所が
主戦場にになり、義務になり、みんながいるパブリックな場所になってしまった。

例えるなら、自分と気の置けない仲間だけが知っているようなお気に入りの小さな隠れ家店が
メディアに取り上げられたのをきっかけに、人が押し寄せごった返すようになり、
すっかり雰囲気が変わってしまったような、そんな感じでしょうか。

そこを構成する人次第で
雰囲気そのものががらりと変わる

元々ネットを好んでたくさん使っていた人っておそらく、みんなでワイワイするよりは
一人や少人数でこっそりひっそり好きなことを追及したり楽しんだりする、
内向的な人が多いのではないかと思います。

そこに、「陽キャ」な人がワイワイと入ってきて盛り上がると、
内向的な人であれば尚更、居心地悪く感じてしまいかねないですよね。

この現象って、リアルにとどまらず、WEBでも起こりうるんだなー
というのを実証してくれたのが2020年でした。

広告・ノイズが増えた

さらに、ユーザーが増えると必然的に
広告やら、質の低いコンテンツやら「ノイズ」も増えます。

娯楽から競争へ

自分が自営業なので尚更感じるのですが、
どのメディアを見ていても、告知、権威付け、ポジショントークのオンパレード。
フォロワーやアクセス、メルマガ登録などの、数字集めの必死さを感じずにはいられません。

ブログには広告がびっしり貼られ
1ページ遷移するたびに広告に阻まれるストレス。

いちネット民にとっては(それまでも広告などはあれど)
手放しで楽しめる、安らげる場が一気に「戦場」と化して
拠り所を失われてしまったような変化でした。

時間を拘束しないという
WEBならではのメリットはどこへ

ところで、WEBのいいところって
電話や対面と違って「都合の良いタイミングでレスポンスができる」ということ。

都合の良い時に読んでもらって、都合の良い時に返信してもらうのが前提なので
相手が今忙しいかどうかを気にせず送ることができるのがメリットですし
送信時間を指定することができるものありますよね。

常に自宅にいて当然=即レスが義務化

ですが、このコロナ禍で「家にいるのが当たり前」という前提ができてしまい
それすら薄れてしまったように感じました。

しかも、他の人もほとんど家にいるので、レスポンスはスピード勝負。
なんなら、即レスしていても、タイピングの遅さで妙な間が開いてしまうことも。

ここまできたらもう、むしろ電話やボイスチャットの方がいいんじゃないか、という…

自宅にいても四六時中ONを求められるようになった

即レスが当たり前なのは、リモートワークのコアタイムであれば然るべきですが
出退勤という物理的なけじめがない分、連絡はダラダラと深夜まで及びがち。

寝ようとアラームをセットするためにスマホをつけると、仕事の指示の通知が来ているストレスったら。
「これ、明日の朝でもいいじゃん…」という連絡が、深夜に頻繁に来ることが日常化してしまい、
意味をなさない24時間対応が前提になってしまって、家にいるのに落ち着かないということが多々ありました。

リモートワーク、3ヶ月で挫折しました~コロナショックの最中に0になり、退職を決めた理由~

直請けのお客様には時間のある時に返信しているので、対応が夜間になることがあっても全く負担には感じないのですが
下請けのように裁量権がなくて、夜間もすぐに返さなきゃいけない義務感があると、気持ちが休まらないものですね。

まぁこれは、個人の許容もありますし
わたしはリモートワークをしていたからこそ感じたことですが。

「自宅でWEB」が
オフのツールからオンのツールになった

という感じで、この1年でWEBという世界は

  • 内向的人間がこっそり楽しんでいた
    「憩いの隠れ家」ではなくなってしまった
  • 息抜きのオフの場から、オンの主戦場になった

こんな変化を経て
休んでいるのに常にONモードを求められるというアンバランスさで、
安らげるはずの自宅が、まったく落ち着かない「戦場」になってしまって
息苦しさを感じるようになってしまっていました。

オフの場所がオンになってしまい、
引きこもりのわたしが、逆に外に「逃げ」を求めて、あてもなく外出するようになったり。
(と言ってもコロナ禍なので行先も大してないのですが)

家に引きこもるのが好きな人に、在宅勤務ではなく出社勤務を提案する理由~「逃げ場」として機能しなくなる可能性~

息苦しくなったWEBの世界を
どのように渡っていけばいいか

そんな嘆きで終わらせるのかというと
それだけだとただの愚痴記事になってしまうので。

「みんな」が参入してきて肩身の狭くなったのであれば
じゃあどうすればいいのかも考えてみます。

みんなで仲良くは非現実的

「みんなで仲良くすればいいんだよ」と、性善説を唱える人は必ずどこに行ってもいますが
それはあまりにも現実的ではありません。

現に、SNSが自殺のきっかけになってしまったり
自殺までいかずとも、悩んでいる人も少なくないはず。

相次ぐ自殺に思うこと。~必要とされている人が死にたくなる、幸せを感じられない社会って、どうよ~

みんなが仲良くできるなら、
いじめも仲間外れも誹謗中傷も悪口もストーカーも存在しないはずですよね。

それはネットでも同じで
ネットもリアルも、構成しているのは同じ人たちですから。
むしろ、顔が見えない分、ネットのほうが容赦ないことだってあります。

技術が革新されようと、「やってること同じじゃね?」~同じようなユーザー体験が繰り返される理由~

まぁ、悪い人とまでいかずとも、ノリや価値観が合わない人もいるわけで
そういう人と頻繁に接すれば摩擦が起きたり、不快感を感じても無理はありません。

SNSであれ、ブログであれ、YouTubeであれ
WEBを使う人自体が急激に増えているということは、
興味本位の冷やかし、リテラシーの低い人、自分の発信にマッチしない人…
こういう人も比例して増えて、遭遇する確率は必然的に高くなります。
(もしかするとWEBに慣れていない人ほど、意図せずとも相手を不快にさせたり
暗黙のルールがよくわからず傷つく可能性もあるかもしれませんね)

というか、そういう利用者に遭遇しやすくなったことも
息苦しさの原因のひとつかもしれません。

不快に晒されないよう
自分を護る防御は必要

でされば、可能な限り居心地の良い人の集まりやすい世界観を
能動的に作れればいい。

不快に晒されるリスクを極力減らし自分を護ることは、決して逃げではなく
心地よい空間を作るための建設的な働きかけです。

「みんな」に門戸が開かれたからこそ
能動的な選り分けを

誰でも来れるからこそ、
誰に来てほしいかを選り分ける。

混沌としているからこそ、
立ち位置とターゲットを明確にする発信の切り口がより問われるし
誰でも来れるからこそ、いかに選り分けができるかが、その媒体の質を左右すると思うのです。

居場所を守ってクリーンに

大勢のパーティーが居心地が悪くて落ち着かないなら
小さくお茶会を開いたっていいし、1対1にしたっていい。

ネットにだれもがアクセスできるようになったからといって
誰しもが全てのサイトに訪問するとは限らない。
必ずしもすべてのネットユーザーをターゲットにしなきゃいけないわけではない。

インフルエンサーがもてはやされていると
いかに数字を集めるか、売り上げを上げるか、知名度を伸ばすかという
数字至上主義に傾倒してしまいそうになりますが

それよりも、その居場所を
お客さんにとっても自分にとっても、居心地の良い場所に保つことのほうが
長期的にはストレスが少なく持続可能なスタイルを築き上げやすいのではないでしょうか。

真似されない、流されないのは
結局「自分ブランド」

結局行きつく先は、独自のコンセプトと
わかりやすく個性的な表現の追求という
今までと何ら変わらないものだったりします。

誰もが気軽にアカウントを作って発信できるようになったからこそ
その根底に芯があるか、ただ流行を追従しているかの差は計り知れず
その中身と集まる人は全く違うものになってくるでしょう。

まとめ:「みんな」に迎合せず
独自の世界観を創るのみ

ネットもリアルも、構成している人が同じ以上、根本的なものは同じ。

しんどい理由と解決策を文字にしてみると、
意外と、なんてことない現象だったりしますね。

あなたと同じく疲弊している人や飽きている人がどこかにいるならば
そういう人とつながればいい。

そういうニッチな機微を拾ってこっそり共感しあう場を小さく作るのが
内向的人間の生存戦略なのかな、と思うのでした。

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