公開日: 2022/08/02  最終更新日: 2022/09/07

こんにちは。

数か月前に上京してきて
東京で会社員をしています。

上京しました東京に一極集中する理由が少しだけわかった気がした

会社員になって一番困るのが
合わない人とも付き合わなきゃいけないこと。

そんな、日常ではごく当たり前のことを
リモートワークやフリーランスをしていて
ここ数年、しばらく忘れていました。

全員と当たり障りなく接するのが
会社員の努め

どうせ辞めたら切れる程度、仕事をしている間だけの
表面的で浅い付き合いでしかないのに、
毎日行動を共にして、当たり障りのない雑談をしなきゃいけない。

話しやすい人や感じの良い人なら当然、
むしろ仲良くしてほしいくらいですが
こちらを見下してくれるような人や世間知らずの失礼な人、
必要以上に執拗に絡んでくる人など、
イヤな人とも当たり障りなく関わらなきゃいけないのがつらいところです。

仲良くもなれないし
避けることもできないジレンマ

しかも、そういう人に限って
距離感をわきまえない。

愛想笑いしていると、仲良しだと勘違いして
もっとうざく絡んできたり、
「みんなとまんべんなく仲良くするのが正義!」を掲げて
自分を棚に上げてめんどくさい人を押し付けてくる
人類みな友達信者が必ずいるのですよねぇ。

逆に、個人的に仲良くしたいと思う人がいても
あまりベタベタ絡んで嫌がられるのはマナー違反だし
相手に嫌がられたり、トラブルが起きて仕事がしにくくなってしまわないように
仲良くなりすぎることも難しいもの。

というのが、
在宅フリーランスをしていた頃との大きな違いです。
いやほんと、コミュ障にとって大きいですよねこれは…

価値観も色々

同じ職場を選んだという意味では
ある程度価値観や雰囲気など、共通点はあるのでしょうが
性格的な相性とは別に、
価値観の合わない人もいます。

自分ならこうしない、
こういう人もいるけど、わたしはそうではない。
こういうやり方、好きじゃない。

そうやってブログなどにも発信してきたような
自分がやらない対極側の人もいます。

価値観の違う人を避けるべきか
わかり合うべきか

で、合わない人がいることで何が問題なんだというと
そういう、価値観がまったく違う人を好きになって
どうしようか困っています。

好きだし、その人といると楽しいけれど
ふとした時に、やっぱこの人とは合わないなぁとか、いやだなぁと感じたりもするわけです。

その場は楽しいけど、考え方の根本が違うから
深く付き合うのはキツイなぁ、と思ったり
実際イラっとしたり、苦しいときもある。
でも、一緒に居たい。

普段なら関わらない一択なんだけど、
どうしたらいいんだろう。
これをどう捉えたらいいのかなぁって。

自分と違う人を好きになるのは
理にかなっている

まぁ、生物学的に考えると
自分と異質な人に惹かれるのは自然なことでもあります。

生物学的には
ないものを補い合うほうが自然

むしろ、兄弟や同性など、似ている人同士よりも
異質な人と交配するほうが、欠けている遺伝子を補い合うという意味では
理にかなっている。
(LGBTとか、倫理的な論議は一旦置いておいてね)

価値観や趣味が一緒、似た者同士で
フィーリングはこんなにピッタリなのに
セックスレスになる、というのは実は何ら不思議なことでもなくて
似たものにはそもそも欲情しない、という本質からきているのですね。

話しやすいし良い人なんだけどドキドキしない
というのもそうなのかもしれませんね。

避けるべき試練か、
向き合うべき試練か

「自分と異質な人」を好きになるのが本能だとしたら
好きになったことをきっかけに
苦手な人種と関わる努力をするべきなのか。

それとも、好きになった人は一時の誘惑的な感情だと捉えて
これまでの自分のあり方を維持するべきなのか。

合わない人と無理に向き合う義務はない

合わない人とわかり合う試練なのか、
そもそもわざわざ合わない人と付き合う必要なんてなくて、
やっぱり合わない人のいる会社員は、やめるべきじゃないのか。

一見、わかり合うとか向き合うというのは良いことのようですが
普段のわたしなら、そもそも合わない人とは無理して向き合う必要はない。と考えています。

嫌いな野菜をわざわざ無理して食べなくても生きていけるように
むしろ、そういう人がいない世界を選び直す努力ほうが、よほど重要。ってね。

例外を受け入れて
自分の徳を下げないか?

そして、好きな人だからといって
「例外(合わない人)」を受け入れると
なだれ込みそうで、怖いんですよね。

その人は、一匹狼なわたしと違って
みんなでワイワイしたり、流行りものを追うのが大好きな人。
その人と付き合えば、付き合いはその人だけではなくなるし
今まで自分が守ってきた孤独をあっさり捨てて
流された、と後悔しそうな気もします。

実際に、価値観の不一致で別れる夫婦やカップルも多いですし
ケンカなんて自分の徳が下がるだけだし、大人げないことしたくない。

結論:
好きな人に向き合う=
同一化する必要はない

まぁ、たとえ付き合ったとしても
わたし=あなたになるわけではないし
逆に、彼がわたしのように陰キャになるわけでもないし
それもまったく望んでいません。笑

だから、わたしも彼に寄せなくてもいいし
彼の価値観やあり方と同じにならなくてもいい。

完全に合わせる必要はない

たとえ相手と仲良くなろうと、恋人になろうと
過度に同化しなくてもいいのかもしれない。
異質なら異質なままで、尊重し合えればいいのかもしれない。

異質だからこそ惹かれ合っているなら
どちらかに合わせるとか、意見を一つにするのは目的ではなくて
お互いが異のまま、ちょうどいい落としどころで共存し合うのが理想ですよね。

とはいえ、付き合えば
意見が合わなくて喧嘩したり、
価値観が違うがゆえ、悪気なく傷つけてしまったり
イラっとしたりさせてしまうことは少なからずあるでしょうけれど。

本当の問題は
相手を個として尊重できないこと

実際のところ、価値観の不一致で別れるのではなく
「価値観の不一致を尊重できない」から別れるのかもしれませんよね。

距離が近くなりすぎると、自分のルールを相手に勝手に押し付けてしまうのはよくある過ちですし。
そう思うと、価値観が似ているからラクというのは
わかり合う努力や歩み寄る努力をしなくていいとか、
まるで相手が自分にとって都合のよい存在かのような、怠慢とすら思えたりもします。

まぁ、付き合う前から別れる心配するのも取り越し苦労ですがw

自分にとって必要だから好きになる

まぁ、自分にとって快適すぎる人だけと付き合っていても
それはそれで改善や向上の余地があまりないのかもしれないし、
人生の試練みたいなものなんでしょうかね。

自分にはないものが魅力的で好きになったのでしょうし、
自分でも気づいていない部分で、彼が必要なんでしょうかね。

ま、ここまで書いておいたところで
相手の意志もありますし、
この気持ちが自然に鎮火するかもしれませんし
どういう関係性に醸成されていくのかは、自分としても客観的に楽しみです。

しばらく様子を見ながら、片思いとしてそれはそれで楽しみます。
くだらない雑談でした~

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